つばさブログ

音楽を聴いて思ったこと、本を読んで思ったこと

ソラニン新装版29話を読んで

‪種田が死んだ理由ってそんな理由だったのか。でもなんか分かる気もする。彼女と最期に恋人としてあった日を取り付けたのはそんな感じだったかもしれない。‬

 

 

初めて人を好きになってゆくゆくは結婚したいなって思った人がいた。

遠距離だったから月に1回しか逢えないけれども、

ぼくが就職したらぼくが住む街に越してこようかななんて言ってたし、あと2年、ぼくが就職するまで。

どこか月1回に慣れてきて、もっと逢いたいけど、そんな「ゆるい幸せがだらっと」続いてくれたらななんて。

 

今作で初めて、種田の死んだ理由が書かれていた。ぼくは種田は「事故死」だと思っていた。上の空の中突っ込んだんじゃないかって。たまたま運が悪かっただけなんじゃないかって。しかし、浅野いにおさんの見解は「願をかけ」のようだ。あの信号を渡れたら全てがうまく言ったのでないのかと。

 

 

「ゆるい幸せはだらっと」続いてはくれなかった。いつからか、気持ちはすれ違っていた。ある日LINEで距離を置きたいと言われた。だけどぼくはもう1度逢って話したいと言った。

その時ぼくは渋谷とか新宿で逢ってしまったらカフェに入って「別れよう」の言葉が聞こえそうで嫌だった。だから「江ノ島に行こう」と言った。これは間違いなく「願がけ」だった。江ノ島といういわゆる観光地に誘って「OK」が出れば、それはこれからも繋がるのではないかと。

彼女からの答えは「OK」だった。

「願がけ」が成功したと喜んだ。

 

江ノ島に行った日、どちらからも別れ話については触れずにデートした。たのしかった。仲よかった時のようで。彼女の笑顔が眩しかった。

日も暮れた海岸で「これからも宜しく」と言おうと並んで座った。すると彼女から「今日で最期にしようと思ってきた」と言われた。

 

例えば種田がトラックに轢かれていなかったとしても芽衣子さんとは別れていたんじゃないのかと思う。

 

 

「願かけ」なんて所詮「願かけ」なんだ。

自分の頑張った7割掛けの結果しかやってこない。

でもそれが「今」を生きることなんだと思う。「ちょっと先の未来を見て歩むのではなくて」